番匠 山城守Ⅱ ★Banjoh Yamashironokami Ⅱ☆

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西国33ヶ寺~革堂行願寺

西国33ヶ寺の19番札所は霊麀山行願寺(れいゆうざんぎょうがんじ)。地元の人からは「革堂(こうどう)さん」と呼ばれてるお寺です。
町なかにありながらうっかりすると前を通り過ぎてしまうほど地味ーな感じです。
そのとおりに一旦気づかずに行きすぎてしまいました。


山号に霊と鹿の字が使われているのはこのお寺のいわれから来てるらしい。
このお寺の開祖、行円上人が子を孕んだ母鹿を射止めてしまい、殺生の罪深さを悔いた上人がその革に千手荼羅尼経を書いて身にまとって修行し、人々から革聖(かわひじり)と呼ばれたという。
もともと寛弘元年(1004)に一条小川にあったのを度々の災火の末、現在地に移したという。




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いつ見ても寺院建築の細工物は見応えあり。
正直いって、お城の細工物より断然すごい。というか緻密。
もっとも、お寺とお城じゃ建設目的や求めるものが違うから比べることが間違ってるんだろうけど。
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お盆の送り火の時しか注目されない大文字。
でも一年中、京都市内を見下ろしてます。
府下南部の人間としてはたまにしかこれほど近くで見ることがない。
送り火の時は混雑してて見に行く気しないし。
s-IMG_5538.jpg



もう一つ、このお寺には悲しい逸話が。
昔、寺近くの質屋に子守りとして雇われていた10歳の少女がいた。
いつもこのお寺の境内で子供を遊ばせていたが、主人は法華経信者で、少女が子守歌代わりに御詠歌を詠うのが気に入らない。
ある日、折檻で少女を死なしてしまうが、主人は親元に娘は出奔したと伝えた。
両親は悲しみ、観音に娘の行方を祈願した。すると少女の亡霊が現れ、事の次第を訴えた。
両親は娘の姿を写した絵馬と遺愛の鏡を寺に奉納して供養したという。
その時の絵馬と鏡といわれる物はお寺に付属の宝物館に納められてます。


s-19-行願寺



さあ、この次は善峯寺。



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  •  まとめ【西国33ヶ寺〜革堂行】
  • 西国33ヶ寺の19番札所は霊?山行願寺(れいゆうざんぎょうがんじ)。地元の人からは「革堂(こうどう)
  • 2012.10.26 (Fri) 23:11 | まっとめBLOG速報
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