番匠 山城守Ⅱ ★Banjoh Yamashironokami Ⅱ☆

お城好き、神社仏閣好きのブログです。現在、中国の昆山に赴任中。

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九州大返しに恵瓊もびっくり

4日間だけのゴールデンウィーク。
3月から単身赴任した佐賀から京都へと九州大返しを敢行です。

行程700キロ弱の道のりのほぼ中間点にある広島市の安芸不動院へ寄り道してきました。
安芸不動院といってもどこそれ? って人、多いかも知れませんね。
ここは戦国大名・毛利家の外交僧であり、自らも国持ち大名になった安国寺恵瓊が住持をつとめたお寺です。
現在は禅宗から真言宗へと改宗されて不動院という名前ですが、恵瓊の頃は安国寺というお寺だったので安国寺恵瓊といわれているのです。

なぜここに寄り道したかというと、今「墨染の鎧」という安国寺恵瓊が主人公の小説を読んでいる最中なので素通りするのも勿体ないというわけです。

ナビの案内で近所まで来たものの、「ルート案内を終了します」というアナウンスのあと、周辺をウロウロ。
案内板らしきものも見当たらず、道行く人に聞いてやっと辿り着きました。
ほんと、ナビって痒いところに手が届かないというか、そっから先が知りたいんじゃ!となりますね。

これがその入り口。
灯籠脇の不動院の文字を目に止めなければまだまだ近辺をうろついていたはず。



参道の待ち構えているのが重要文化財の楼門。
室町時代の建築だそうです。
両側の仁王さんを撮ろうと思ったけど、金網の目が細かくてうまく写せない。
20130205-_MG_4484.jpg


そして楼門の向こう側には国宝の金堂が……。
???あれ?
ほんとにこの前の唐津城と言い、宇佐神宮と言い、何かに取り憑かれているようにこちらも修理中。
山城守から肥前守に改名しようかと思ってたけど、修理守にした方がいいかも。
20130205-_MG_4446.jpg



本来はこのような姿が見られるはずだったんだけど(涙)
20130205-fudoin1005164241.jpg



ということで、手を合わせるのはこちら、不動堂。
20130205-_MG_4455.jpg


金堂脇の鐘楼堂もご覧の通り、フェンスに囲まれております。
20130205-_MG_4456.jpg


恵瓊さんのお墓があるのでお参りしていこうと思ったら、恵瓊さんだけじゃなくてこんな方のお墓もありました。
秀吉さんの遺髪の墓。
20130205-_MG_4465.jpg


武田刑部少輔の墓。
恵瓊さんは安芸国守護武田氏が毛利氏によって滅ぼされた時に銀山城から救い出されてここ安国寺で竺雲恵心に仕え、後にいわば一族の仇敵である毛利氏の外交僧として頭角をあらわしたのだから、どんな心境で下積みをしたんでしょうかね。
刑部少輔という名は武田信実の官職みたいです。
20130205-_MG_4466.jpg



正則さんのお墓もあります。
正則さんが広島城主になった際に、このお寺も禅宗から真言宗へ、名前も安国寺から不動院へ変わったらしい。
20130205-_MG_4469.jpg



そして、安国寺中興の祖、恵瓊さんのお墓。
安芸武田氏が滅んだあと、伽藍も戦火に焼け落ちたりして荒れ放題になっていたのを恵瓊が復興し、金堂、楼門、鐘楼、方丈などを再建し整備しました。
それにしても、一般の人のお墓とお隣どうしで歴史上の人物のお墓があるなんておもしろいですね。
20130205-_MG_4467.jpg




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