番匠 山城守Ⅱ ★Banjoh Yamashironokami Ⅱ☆

お城好き、神社仏閣好きのブログです。現在、中国の昆山に赴任中。

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絵島の囲い屋敷

高遠城に行ったついでにすぐ近くにある江島の囲い屋敷へ。
江島生島事件と言えば赤穂浪士の討ち入り、島原の乱と並ぶ江戸時代の大事件の1つ。

江戸幕府7代将軍家継の生母、月光院に仕えていた大年寄の絵島は正徳4年(1714)正月12日に、月光院の名代で芝増上寺へ参詣した帰り、山村屋で芝居見物をして帰城の刻限に遅れてしまう。
役者の生島との色恋沙汰や前将軍家宣の正室天英院と月光院の権力争いも絡まってドロドロの状態に。
絵島の他死罪2人、流罪10人、その他1500人余りが罪に問われてしまった。
結局、現将軍の生母と前将軍の正室との大奥での権力争いに巻き込まれてしまったんですね。
江戸城に家政婦のミタがいれば、どんな台詞を言ったでしょう。
「承知しました」とか。

RY-2011-11-20-高遠城 (90)


この建物は残存する古図により、昭和42年にほぼ同じ地点に復元されたものとか。
33歳から61歳で亡くなるまで28年間もこの屋敷から出ることもできなかったとは。
何とご無体な。
RY-2011-11-20-高遠城 (83)


RY-2011-11-20-高遠城 (86)


RY-2011-11-20-高遠城 (87)


絵島の幽閉されていた部屋はこの左側の八畳部屋ですが、その前には番人の詰め所や下女の詰め所があって、ありんこ一匹出ることができません。
RY-2011-11-20-高遠城 (94)


部屋から出たとしてもこの忍び返し。
173センチの私の身長よりまだ高いくらいで、女性が乗り越えることはほぼ不可能ですね。
RY-2011-11-20-高遠城 (92)


絵島の部屋の縁側に面した2方向にはこの嵌め殺しの格子。
こうなると完璧に牢獄。
食事も一汁一菜、朝夕2食、酒、菓子類、煙草、硯や紙も禁止だったとか。
そこまでしなくても。
RY-2011-11-20-高遠城 (100)


RY-2011-11-20-高遠城 (101)


この錠前がなんとも哀しげに見えました。
RY-2011-11-20-高遠城 (103)


せめて季節の果物ぐらい食べさせてあげても……。
RY-2011-11-20-高遠城 (121)

浮き世にはまた帰らめや武蔵野の 月の光の影も恥ずかし

絵島が江戸を出発する時に詠んだ歌。
月の光……月光院。辛いねえ。


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